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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)805号 判決

控訴人・附帯被控訴人

パン・アメリカン・ウォールド・

(以下「控訴人」と表示)

エアウエイズ・インコーポレーテッド

日本における代表者

ジョセフ・イー・ヘイル

右訴訟代理人弁護士

福井富男

竹内光一

中島徹

被控訴人・附帯控訴人

別紙「被控訴人目録」

(以下「被控訴人」と表示)の表示

〔略・那須光男ほか三二四名〕記載のとおり

右被控訴人ら訴訟代理人弁護士

阪口徳雄

高橋勲

藤野善夫

塚原英治

安原幸彦

高橋高子

主文

一  原判決中、控訴人敗訴の部分を取消す。

二  右取消にかかる部分について、被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

三  附帯控訴に基づき当審で拡張された被控訴人らの請求、及び被控訴人らのその余の附帯控訴は、いずれもこれを棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴人代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求めたほか、附帯控訴に基づき「(1)原判決中、被控訴人ら敗訴の部分を取消す。(2)控訴人は被控訴人らに対し、原判決添付にかかる請求債権目録記載の各金員に対する昭和五四年一二月三〇日から昭和五五年四月二八日まで年六分の割合による金員、及び同月二九日から右目録記載の各金員の完済まで年一分の割合による金員をそれぞれ支払え。(3)訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決、並びに右(2)についての仮執行宣言を求めた。

二  当事者の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示と同じであるから、これを引用する。

1  (当審における被控訴人らの主張)

(一)  被控訴人らが控訴人に対して支払を求める一時金差額は、商行為によって生じた債権に該当する。そこで、被控訴人らは、控訴人に対して支払を求める遅延損害金の割合を従前の年五分から年六分に拡張して請求することとする。

(二)  本件欠勤控除規定に関する控訴人(原判決同様に「会社」ともいう。)の提案は、それ自体が不当労働行為に該当し、違法・無効である。すなわち、

(1) 従業員の通常の欠勤は、年次休暇、傷病休暇、生理休暇などの有給の休暇で事実上すべてカバーされる。したがって、本件欠勤控除規定は、ストライキや組合活動のための不就労の場合以外にはその適用が予想されず、会社の提案はストライキや組合活動による不就労をことさらに不利益に取扱うことを意図するものにほかならない。

(2) 本件欠勤控除規定の導入は、組合を弱体化し、争議行為を封じこめようとする意図に基づくものであり、このことは次のような会社側の一連の行為に照らし明らかである。

〈1〉 違法ロックアウトの敢行

組合は昭和三九年九月結成され、一一月二一日はじめて五時間の時限ストライキをしたが、会社はこれに対して無期限の違法・不当な攻撃的ロックアウトを通告し、そのうえ一八カ月間の長期間の休戦協定を押しつけようとし、未経験の労働組合を弾圧するという暴挙に出た。

〈2〉 違法スキャプの導入

組合の右ストライキの際、会社は外国からスキャプを呼び運航を続け、その後も組合のストライキには同様のスキャプを導入した。しかし、会社が右スキャプを日本国に入国させるのは出入国管理令に明確に違反するものであった。「観光」目的とか「短期商用」目的で入国させ、現実には会社の一般単純労務に従事させていたからである。

〈3〉 下級管理職の乱造

ストライキに対するスキャプの導入が禁止されると、スト対策として会社は下級管理職を急激に乱造しはじめ、四人に一人という割合にまで異常に膨張させた。そして、この際、会社は乱造した管理職に対し組合からの脱退を強要した。

〈4〉 職安法違反の下請拡大方針

スキャプの導入、下級管理職の乱造が限界に達した会社は、組合のスト対策として下請拡大化方針を打ち出した。この下請化導入は職安法四四条、同規則四条に明白に違反するものであった。

〈5〉 違法ロックアウトの敢行

昭和五一年一一月に組合が会社の下請合理化を阻止するために行なったスローダウンに対して、会社は同年一一月五日から一二月一〇日ならびに一二月一四日から同月二一日までの二波、のべ四四日間にわたる違法な攻撃的ロックアウトを行ない、被控訴人ら組合員に対して、総額五八一三万四六三一円の賃金を支払わなかった。

〈6〉 争議行為に対する巨額の賠償請求

昭和五二年五月二日の組合の争議行為などに対し、会社は組合を被告として総額六二〇〇万円余の損害賠償請求訴訟をおこした(東京地裁昭和五二年(ワ)第八九一四号)。

〈7〉 既存の労働条件剥奪

昭和五四年一月、労働協約の全面破棄通告が行なわれ、無協約状況が意識的に作り出された。次いで、同年三月二一日、就業規則二一条の「配転同意条項」を削除する旨通告し、さらに、同年の春闘による四・三%の昇給と差し違えに「争議権の全面剥奪」「定年制の切下げ」等々の既存の労働条件剥奪を提案する等の暴挙を行なった。

(三)  本件一時金の支給対象期間は昭和五四年六月一日から同年一一月末日までであり、被控訴人らはいずれも会社の給与規程並びに従前の取扱いに照らし、「五〇%以下」の欠勤については一時金からの控除がないものと期待して行動してきたものである。しかるに、本件欠勤控除規定の提案は、右期間満了の寸前になされたものであり、同期間中の欠勤について遡及してこれを適用しょうとするものであるから、被控訴人らの期待権ないし期待的利益を侵害するものであって、信義則に反するというべきである。

2  (控訴人の認否)

当審における被控訴人らの主張はすべて争う。

三  証拠関係は記録中の各書証目録・証人等目録記載のとおりである。

理由

一  本件の事実関係についての当裁判所の判断は、次に補正するほか、原判決理由説示中の事実の認定に関する部分、すなわち、原判決二三枚目表四行目から二六枚目表六行目までと同裏七行目から二七枚目表六行目の「支給したこと」まで、及び二七枚目裏一〇行目から二九枚目表六行目まで、並びに三〇枚目表五行目から八行目までの各記載のとおりであるから、これをここに引用する。なお、当審における立証はいずれも右認定を左右するものではない。

1  原判決二六枚目裏九行目の「によって」から一一行目の「ついても、」までを「によれば、会社は、昭和五四年夏期一時金交渉においても、その支給につき」と改める。

2  同二七枚目表六行目の「支給したこと」の次に「が認められ、右認定に反する証拠はない。」を付加する。

3  同二八枚目裏三行目の「前記給与規程」の前に「昭和四〇年施行の」を加える。

4  同二九枚目表六行目の「政治的な」を「昭和四八年冬期一時金と同様の」と改める。

二  そこで、被控訴人らの会社に対する本件一時金差額請求権の存否について検討するに、右認定の事実関係からすれば、次のように判断せざるを得ない。

1  会社においては、被控訴人ら従業員に対し、毎年定期に夏期及び冬期一時金を支給する企業慣行が存在するが、支給額その他の具体的支給条件は、その都度、会社・組合間の協定(労働協約)によって定めるものとする労使慣行が確立されている。

2  そして、右協定においていわゆる欠勤控除についての取りきめが行われない場合は、五〇%を超える「無給の欠勤」につき、当然に会社の給与規程一二条B項を適用して支給額を算出する慣行がある。

3  ところで、右給与規程一二条B項の適用上、ストライキや組合活動のための不就労を「無給の欠勤」に含ませるかどうかについては労使間に対立がないでもないが、「五〇%以下」の欠勤に関しては、ストライキ等による不就労の場合をも含め、一時金からの控除を行わない取扱いが、同給与規程の解釈上も、労使慣行上も定着している。

4  しかるに、本件一時金(昭和五四年冬期一時金)に関する会社回答は、「五〇%以下」の欠勤にかかわる本件欠勤控除規定を、支給額その他の支給条件と一体化させて提示したものである。したがって、右控除規定を除き妥結する旨の組合の通告は、右一時金に関する新たな提案としての実質を有するにすぎず、同控除規定の具体的妥当性の存否はさておき、同規程を除く会社回答どおりの内容による協定を成立せしめるものではない。

5  右のとおり、本件一時金については、金額その他の支給条件を定める会社・組合間の協定が成立していないのであるから、被控訴人らにおいて具体的権利として右一時金を請求することはできないものといわなければならない。なお、本件一時金にかかる右協定の未成立にもかかわらず、被控訴人らが右具体的権利を有するものと解すべき特段の事情は認められない。

6  してみると、本件欠勤控除規定の適用による本件一時金からの控除が前記3の給与規程、労使慣行等に照らして許されず、被控訴人らは会社に対し右控除額に相当する差額請求権を有する旨の被控訴人らの主張は、右一時金の具体的支給条件が欠勤控除規定を除く会社回答どおりに確定したという前提を欠き、失当というほかはなく、会社がした本件一時金としての支払は、その旨が明示されていたかどうかにかかわらず、仮払いの性格を有するものというべきである。

三  以上の次第で、本件差額金請求権の発生事由としての被控訴人らの原審における主張(原判決摘示の主張)はいずれも採用しがたいところ、被控訴人らは、当審において、会社による本件欠勤控除規定の提案自体が不当労働行為に該当し、或いは信義則に違反する旨を主張する。しかしながら、同控除規定は、組合の本件一時金要求に対する会社の回答において、支給額その他の支給条件と一体をなすものとして提示されたものであるから、同回答中の右控除規定の提案部分(又はこれと一体をなす支給条件の提示)が不当労働行為に該当し、或いは信義則に反するとしても、前記のような組合の妥結通告により、直ちに右控除規定を除く会社回答どおりの支給条件による協定が成立するわけのものではない。したがって、被控訴人らの右主張は、本件一時金、ひいては同一時金差額についての具体的請求権を発生せしめる根拠とはなり得ないというべきである。

四  そうすると、控訴人に対する被控訴人らの本件一時金差額請求は、当審における拡張請求部分を含め、すべて失当であって、排斥を免れない。よって、本件控訴に基づき、原判決中、これと結論を異にする部分を取消し、被控訴人らの当該請求部分、及び附帯控訴に基づく右拡張請求部分、並びにその余の附帯控訴はいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鰍澤健三 裁判官 奥平守男 裁判官 尾方滋)

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